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​国際寺山修司学会 第25回春季大会の様子が毎日新聞に掲載されました。

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国際寺山修司学会 第25回春季大会の大会報告を掲載いたします。

国際寺山修司学会第25回大会報告

 

日 時 2020年6月21日(日曜日)午後1時から午後5時まで

場 所 長久手文化の家(〒480-1166 愛知県長久手市野田農201)  

GR名古屋下車・地下鉄東山線乗換・終点藤ヶ丘から花水木下車・徒歩15分/長久手文化の家には200台収容の駐車場を完備 

参加費 1,000円

 

<プログラム>

午後 1時00分 ~ 1時10分 開会式

午後 1時10分 ~ 1時50分 特別講演

 寺山修司の俳句について 馬場駿吉(名市大名誉教授・名古屋演ペン理事長) 

 元・維新派の松本雄吉との『レミング』共同演出について(仮題) 天野天街(劇作家・演出家)

午後 2時10分 ~ 5時00分 研究発表  

 ・寺山修司と『グロテスク』(3) 石原康臣(大正大学准教授)

 ・バフチンから読む「奴婢訓」のカーニヴァル的世界:寺山修司の劇における「象徴的逆転(さかさま)」の要素 森岡稔(愛知学院大学非常勤講師)

 ・天野天街脚色『レミング』の英訳について  清水義和(国際寺山修司学会会長)

 ・『毛皮のマリー』と美輪明宏の音楽&演劇人生(2) 中山荘太郎(杏林堂クリニック・医師)

シンポジウム:寺山修司のコンセプト「かくれんぼ」を巡る問題

石原康臣(大正大学准教授)中山荘太郎(杏林堂クリニック・医師)葉名尻竜一(立正大学准教授)

『寺山修司研究』第12号『寺山修司事典』刊行委員会報告 国際寺山修司学会設立記念事業

 

【報告】

2020年6月21日(日曜日)午後1時から午後5時まで、長久手文化の家(〒480-1166 愛知県長久手市野田農201)で開催された。第25回国際寺山修司学会第25回春季大会は、コロナの影響で、発表予定者のうち、葉名尻竜一先生、石原康臣先生、中山荘太郎先生、天野天街氏が、大学、病院、公演緊急準備で、コロナ感染を避けるため、欠席された。会場使用にあたっては、厳重なマニュアル・チェックがあり、入場に際し、マスク、手の消毒、間隔をあけての椅子の利用、窓の喚起、一切の電気器具の禁止、参加者の氏名・住所の明記が行われたうえで入場が許された。

 

講演

馬場駿吉先生「寺山修司の俳句について」

冒頭で、馬場先生が、寺山修司や唐十郎との出会いの回想から始まり、名古屋から、準急・東海2号で8時間かけて、東京の寺山修司や唐十郎の芝居を観に行った1970年代当時の演劇事情を語った。馬場先生は当時、名古屋の画廊の版画展で駒井哲郎の版画に出会い、殆どの作品のコレクターになった経緯と、駒井哲郎を東京に尋ね、自著『断面』の表紙を描いてもらうために交渉し、快諾をえた。けれども、駒井氏が交通事故にあい、『断面』の出版が遅れた経緯を語った。(参考文献:中村稔著『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』 新潮社、1991年  読売文学賞受賞)馬場先生は駒井氏を通じ、瀧口修造主催の実験工房の芸術家と交流を深め、唐十郎との交流で、寺山修司の劇団天井桟敷の芝居を観、馬場先生主催の詩論『点』に寺山の投稿を願い出た経緯を語った。

 

研究発表

森岡稔 「バフチンから読む「奴婢訓」のカーニヴァル的世界:寺山修司の劇における「象徴的逆転(さかさま)」の要素」

 寺山修司の『奴婢訓』は、ジョナサン・スウィフトのDirections to Servants (1731年)(奴婢訓)をドラマ化した作品である。森岡氏は、寺山の『奴婢訓』をミハイル・バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』「笑いは世界を再生させる」と対比しながら持論を展開した。スウィフトとラブレーは作品を通して社会を風刺している。この共通点から、森岡氏は作品論を展開している。寺山自身は自分の劇作品を、「ダイアローグでなくて、モノローグだ」と述べている。シェイクスピアの劇はモノローグで出来ていてハムレットの独白は内的独白で観客ではなく自分に向かって話している。しかし、森岡氏は、バフチンのドストエフスキー論を引用し、寺山のドラマはダイアローグで書かれていると述べている。けれど、バフチンのドストエフスキー論は、ポリフォニー(多声)である事を強調している。殊に『カラマゾーフの兄弟』を例にすると、誰が他者をコントロールしているのか分からない、という点を詳しく説明すれば森岡氏はポリフォニーを論証できる。

というのは、そこのところが中世の音楽のポリフォニーで、現代では中世のポリフォニーは失われているが、中世では神の声としての存在しない声が聞こえてくるのである。このポリフォニー(グレゴリオ聖歌)は中世にはあったが、現代ではマイクなどの騒音のせいで掻き消えてしまっている。ドストエフスキーはギリシア正教で神を信じていた。バフチンのドストエフスキー論は、現代では失われたポリフォニー(神の声)を重要視している。寺山は『奴婢訓』に宮沢賢治の『春と修羅』を引用している。賢治は法華経を信じ近代科学で末世を救おうという信念があった。寺山は賢治の『春と修羅』を引用して、音楽に造詣の深かった賢治の思想をポリフォニーを使って、『奴婢訓』に応用している。従って不在の主人とは、失われた中世にあったポリフォニー(多声)の中にいる主人のことである。だが近代では主人は不在である。寺山は、『奴婢訓』を通して、近代の主人の不在を、ポリフォニー(多声)を通して表現している。森岡氏のポリフォニー論は、観点は良いが、実証にはかなりの説明が必要であると思った。殊に、何が「逆転」しているのか?説明が必要だと思ったのである。

 

清水義和 「天野天街脚色『レミング』の英訳について」

天野天街の台本を英訳してみて分かることは、天野の台本を一度、標準日本語に言い換えないと、英訳できない。寺山の台本は、詩劇なので、散文で書かれていない。だから、寺山の韻文を散文に書き換えないと英文に訳せない。少なくとも文法に沿って訳せない。寺山は戦前の人なので旧仮名遣いが多い(例「誰か故郷を想はざる」)戦後、アメリカの英文を日本語に翻訳して、その和文の日本文に慣れ、書き、話すようになって、寺山の文体は、翻訳調の和文とは異なるので、英語に訳す時には苦労する。

天野は言葉の解体を「表記」でも行った。(例:「旅」+「一」=「死」を表す。)『レミング』でも、天野語は頻繁にあらわれ、翻訳不可能である。せいぜい意訳しかできない。天野の英訳で最も難しいのは、意味不明な、ダジャレに近い、喧嘩言葉、ののしり合いによくあらわれる。

『レミング』では、今までにない、問題が現れた。それは、中国語である。コンピューターの中国語辞書で和訳や英訳が出来る場合は、問題はない。問題なのは、天野が、韓国、中国、ミャンマー、ベトナムなどの外国公演で覚えた中国語である。しかも、天野が、正しく中国語を理解して、台詞に使っている場合は、問題はない。ところが、準主役級の役者が、ヒロインの影山影子と中国語で会話するときに、いい加減な中国語で話し、おまけに、キャストとしての演出家に、準主役は退場させられて、ストーリーが、辻褄が合わなくなった箇所が実際に出てくる。苦肉の策として、間違いの中国語と、近似値としての英文を併記して表した。

 天野の台本は、訳の分からない台詞がしばしば出てくる。しかも、その台詞を、例えば、影山影子1・2・3・4と分裂し、影山影子の分身となって、論理に合わない台詞を連発する。それが、影山影子ばかりでなく、全てのキャラクターに、分身1・2・3が出て来るので、台詞を整理しないと、間違ってしまう。

この点は、寺山修司の台本にも見られる。問題は、天野自身が、アントナン・アルトーの『演劇とその分身』から影響を受けていることだ。寺山もアルトーの『演劇と分身』の影響を受けています。天野は、アルトーの『ゴッホ論』にある、統語失調症患者である。エリクソンの『自己同一性』の危機にある「自分が分からなくなる」症状がある。

清水は心身学部で発声発語障害学Ⅲ(器質性構音障害総論・各論)を教えています。失語症はヘレン・ケラーのような、聞く話す見えない障害者ではなくて、自己同一性の危機で、自分が分からず、訳の分からないことを言う症候群(シンドローム)患者なのが、天野天街です。厄介なのは、天野の台本を英訳していると、サミュエル・ベケットの『ウエイチング・フォー・ゴドー』の台詞に似ている良質の台詞であることに気がつくことです。天野の脚色した『レミング』は間接的ではなくて、かなり直接的に、寺山修司の臨終を表しています。影山影子が、生人間から、映像のスクリーンの不死の世界に入っていくとき、それを見ているコック2が影子の撃つピストルで死にます。影山影子が不死の存在になって「死」に、コック2が映像の中の影子によって拳銃で撃たれて死にます。この演出(脚本)の中身は、紀伊国屋ホールでの寺山の最後の公演『レミング』をそっくりそのまま意味し、その時、寺山は死を意識していました。

天野は、寺山の死を『田園に死す』と『レミング』で2回表しました。しかも、半ば意味不明な台詞によってです。寺山の原作を知っている観客には、天野の脚色の意味がよく読めば分かるようになっています。

あと、1年で、この日本語の研究発表を、英文にまとめようと考えています。

 

懇親会

学会が終わった後、長くて文化の家で講義室退室の厳しいチェックを受けパスしました。

その後、藤が丘駅近くのレストラン「嘉門」で懇親会開催。その後散会して学会は終了しました。

 

以上

報告・文責 清水義和